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シンポジストプロフィール(2003年6月現在、敬称略) |
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鈴木隆夫 徳洲会病院グループ 専務理事
1966年日本大学医学部卒業。1967年米陸軍座間病院インターン終了、1968年ハワイ州ホノルル市クワキニメディカルセンターインターン、1969年同病院病理学レジデント、1971年メリーランド州ボルチモア市ボルチモアサイナイ病院外科レジデント、1975年同病院外科チーフレジデント終了。1975年横須賀市立市民病院外科医長を経て、1978年医療法人徳洲会八尾病院副院長、1980年同法人茅ヶ崎病院院長、1995年医療法人愛心会湘南鎌倉総合病院院長、1996年湘南鎌倉総合病院名誉院長、徳洲会専務理事に就任。2001年財団法人日米医学医療交流財団常務理事。 |
シンポジウム 要旨 |
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拡張型心筋症に対する手術(バチスタ手術)は、1996年12月3日に53才の男性を対象に日本ではじめて行われました。彼は、二弁置換術をCOPD・心不全を併発して主治医からは「あと3ヶ月〜4ヶ月」と宣言されていました。彼は20代後半に心筋症の診断を受け、この4年間は、通院・入院を繰り返し、寝たきりの生活を強いられる生活になっていました。担当の医者からは、「心臓移植しか救命できる方法が無い」と言われましたが、合併症・併発症を考えると、当時の日本国内では心臓移植治療を受けることが出来ない社会的医学的状況にありました。
主治医の紹介を受けた彼は、この手術に望みを託し、この手術の将来における決して高いと言えない手術成功率を承知しながらもこの話を受け、それでも家族、本人の強い希望で手術が行われました。手術は外国(米・伊)の手術経験者を交えた合同チームによって行われましたが、患者は術後ICUに入院し、10日目に亡くなられました。生きて退院させることが出来なかった結果に対し、私たちは深い落胆と悲しみを家族と共に分かち合い、この手術は再び日本では行われなくなってしまうという予感さえしました。
そのとき数日して奥様よりお手紙を頂きました。この手紙には、次のように記されていました。
「この手術を受けると決めたその日からICUにて治療を受けている最中も私たちは幸せでした。振返ればこの30年、治る可能性の無い病気と闘病生活をおくり、最近はいつ死ぬか分からない恐怖に脅える毎日でしたが、この手術を受けることが出来たその日から、初めて『もしかしたら生きて帰れるかもしれない』という希望を持つことが出来ました。これからもこの手術をうちの主人が成功しなかったからとの理由で止めないで、ほかの方々にも続けていってほしいと願っています。希望のなかった30年より希望のあったICUでの10日間のほうが、私たちにとって希望のもてる日々でした。」
このプロジェクトは、難病に悩むすべての方々にとっても自分達が参加することで、希望を持つ事のできる未来に橋渡しをすることができるプロジェクトだと考えます。命ある限り、すべての生命に無意味なものは何も無く健康な私たちは当然のこと、難病で死を待つ人でさえ、このプロジェクトに参加することで、未来の私たちに贈り物を残せると考えます。徳洲会グループでも総力をあげてこのプロジェクトに参加したいと願っています。 |
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