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基調講演「オーダーメイド医療とバイオバンク」


ただいまご紹介に預かりました、東京大学の中村です。本日は沢山の方にお集まりいただきまして、どうもありがとうございます。私どもが現在進めております研究計画は、一般の患者さんの協力なしでは進めることができないプロジェクトであり、その観点から、われわれが何を目指し、また、個人の遺伝情報に関してどのような注意を払いながら研究を進めていっているのかをぜひ知っていただきたく、このような場を設けております。  最初のスライドをお願いいたします。このプロジェクトは、平成15年度から始まりましたプロジェクトであり、文部科学省から予算を支援していただいております。まず簡単に、私たちが目指している一人一人の体質に応じた医療というのはどのような医療なのかを紹介し、そのあとで、実際私たちがどのような形で計画を進めているのかを紹介させていただきます。

このプロジェクトの目的は複数あります。一つは、病気の原因を解明することです。医学が大変進んだかのように思われておられる方が沢山おられるかもしれませんが、現実的には、まだ原因が明らかでないような疾患、病気が沢山あります。当然ながら、病気を根本的に治療しようと思えば、その背景となっている原因を明らかにしないとできないわけで、私どもは、多くの患者さんに協力いただいて、今なお原因が分からない、あるいは治療法がない病気に対して、新しいアプローチを見つけていきたいと研究を続けております。  

当然ながら、このような研究は世界で幅広く行われており、その結果、エビデンスに基づく薬の開発が、非常に注目を浴びております。エビデンスに基づく薬の開発というのは、先程申し上げましたように、原因を根本的に明らかにして、それに基づいて、その病気の原因を攻撃するような治療薬を見つけていくということです。原因の解明を通して新しい薬を見つける、あるいは新しい診断法を開発することにつなげていきたいと考えています。

それから、3番目として、オーダーメード医療を確立することを目指しています。この内容、すなわち、オーダーメード医療とはどのような医療なのかを、このあと紹介させていただきます。

さらにもう一つ、このプロジェクトが行われている間に実現することは難しいですけれども、病気の予防です。病気というのは、様々な環境要因によって非常に大きな影響を受けます。私たちは、一体どのようなライフスタイル、どのような生活、どのような食べ物が病気の背景として存在しているかを明らかにすることによって、将来、一人一人の病気になりやすい、なりにくいという危険度と、そのライフスタイルを組み合わせることによって、病気を起こさない、あるいは病気の重症化を防ぐような予防対策につながる方法を見つけたいと考えております。

わたしたちが現在行っている研究事業のうち、最も大事なのは、一般の方に、われわれがどういう研究をやろうとしているのか、あるいはそれによって医療がどう変わるのかということを広く知っていただくということです。

現実的な課題にひとつに、患者さんの協力を得ることがあります。このためには、私たちが何をやろうとしているのか、あるいは患者さんの試料をどのように扱うのかを十分説明した上で、理解いただき、その上で30万人の方に協力していただいて、DNA(遺伝子)と血清と呼ばれる血液のさらさらの上澄部分を集めます。そして、それらをバイオバンクジャパンという形で保管し、様々な医学的な研究に応用し、それを通して新しい治療薬、診断法の開発を目指したいと考えております。

当然ながら、プロジェクトの内容として非常に大事なのは、個人情報をいかに厳重に厳正に管理するかという点です。その点に関しましては、私たちは現在できる限りの、最良の方法を選択し、それを組み合わせて、決して個人の情報が漏洩しないような措置を幾つか講じております。それらの点に関しましては、この後紹介させていただきます。

最終的なゴールは、先程も言いましたように、患者さんに協力していただいて、いろんな病気の情報をデータベース化する、それらと遺伝子の情報、あるいはタンパク質の情報を見比べながら、病気の原因を解明し、新しい診断法を開発することにつなげたいと考えております。

このような研究が、なぜ今始まったのかを説明します。このプロジェクトは唐突に始まったわけではありません。このような研究を大掛かりに進めることができるようになった背景として、皆さん言葉ぐらい聞かれたかもしれませんけれども、ゲノム研究という研究分野の発達、発展があります。ゲノムというのは、横文字ではなかなか分かりにくい言葉ですが、最も理解しやすい日本語として私が使っているのは「生命の設計図」という言葉であります。われわれはなぜ人間の形をしているのか、チンパンジーはなぜチンパンジーの形をしているのか、犬はなぜ犬の形をしているのか?それは、それぞれの生物種が特有のゲノム、特有の生命の設計図を持っているからです。  人の場合、この生命の設計図は、左に示すような染色体という形で目にすることができます。この染色体を作っている重要な部分を、化学物質名で言いますとDNA、デオキシリボ核酸です。このデオキシリボ核酸という難しい名前の物質ですが、わずか4種類の文字しかありません。ある意味でわれわれの生命の設計図は非常に単純で、AかGかCかTかという遺伝暗号が、30億文字つながっています。この30億文字の遺伝暗号が図の22種類の常染色体と呼ばれている男女に共通して存在するものと、X染色体、Y染色体という、性、男性か女性かを決める染色体に分けて保管されています。  重要な点は、人はこの30億の遺伝文字によって人になることを運命付けられているけれども、みんな全く同じかというとそうではありません。皆さんと私を比べて、姿形が全て違うように、遺伝暗号が微妙に違います。この30億遺伝暗号文字のうち、300万ヶ所から1,000万ヶ所ぐらいは、個人間で違っています。わたしたちは、この個人個人で違っている遺伝暗号を基に病気を考え、病気の原因を見つけ、少しでもいい医療に応用しようと研究を組み立てております。

このような遺伝暗号の違いを、「遺伝子の多様性」という呼び方をします。例えば、図に示すようにある部分にGのタイプの人とTのタイプの人がいるような遺伝暗号の違いが300万ヶ所から1,000万ヶ所存在します。このような遺伝暗号の1文字の違いを、横文字で言いますとSNP、スニップという呼び方をします。私たちの生命は、この遺伝暗号に基づいて営まれておりますから、遺伝暗号が違ってしまいますと、遺伝子の働きの質、あるいは量の違いに通じます。  それでは、遺伝暗号がこのように微妙に違うと、どういう影響を与えるのでしょうか。先程から述べておりますように、外見上の違い、あるいは100%遺伝子で決められているものではありませんけれども、性格の様々な違いも、遺伝子が微妙に影響します。それから、病気になりやすい、なりにくいというのもやはり遺伝子の暗号の違いが影響します。最近、SARSという病気がはやりましたけれども、ある研究者がSARSにかかりやすい、かかりにくいも、遺伝子のタイプが影響していることを報告しているように、たとえ感染症のような場合、つまりウィルスが入ってきたり、細菌が入ってきたりするような感染症の場合でも、症状の起こり方が遺伝暗号の違いによって左右されるとことが明らかになってきています。また、薬が効く、効かない、あるいは強い副作用が出る人も、やはり遺伝暗号の違いが微妙に影響していることが明らかになりつつあります。

私たちはこのような遺伝暗号の違いが、様々な薬の反応の違いに影響することは、身をもって体験しているはずです。例えば、ある鎮痛剤が効きやすい、効きにくい、「わたしにはこの薬が合う」、というような経験があると思います。最も卑近な例で言いますと、お酒です。例えばこの会場に来られている方に、全員に無理矢理、例えばビールとかお酒をコップ1杯飲ませるとどういうことが起こるかでしょうか?全く平気な人、真っ赤になる人、あるいは、わずかコップ1杯のビールでも、気分が悪くなって嘔吐するような方がいると思います。  このような違いは、アルコールを分解したり、あるいはアルコールが体の中に入ってきたときにわれわれが受け止める反応の仕方が、遺伝暗号の違いによって異なっているからです。したがって、私たちは、アルコールを例にとるとよく解るように、いろんな物を食べたり飲んだりした時にいろんな特殊な反応を起こすということは知っています。そばアレルギーというのも、そばを食べただけで非常に強いアレルギーを起こされる方がおられますけれども、それもやはり持って生まれた遺伝暗号のどこかが微妙に違うからです。

このような言い方すると、全て遺伝子が決定しているという言い方に受け止められて誤解を与えがちですが、実際病気というものを考えると、必ずしも遺伝子だけではなくて、様々な環境の違いが影響を及ぼしていることは、皆さんご存知のとおりです。だから、病気になりやすい、なりにくいというという、持って生まれた遺伝暗号の微妙な違いと、その人の食べ物、あるいは置かれている環境などが、複合的に重なって、最終的にはわれわれはある病気に罹ってしまいます。

この遺伝暗号の違いと環境要因というものを別の角度からこの図のように説明できます。私は先程、われわれのゲノムというのは生命の設計図であるというふうに言いました。例えば家を作る場合、まず、設計図が作られます。その設計図がしっかりして、しっかりとした家が造られていれば、ある大きさの地震が来ても、びくともしません。ところが、同じ震度の地震であっても、壊れたり、あるいは大破したりするような家があります。これは、設計図のどこかにエラーがあって耐震強度が足りない場合に、同じ震度が来ても壊れてしまうような家があるからといえます。肥満になって、体重が100キロになった場合に、糖尿病になってしまう人もいるし、100キロの体重でも糖尿病にならない人もいるというのは、家の場合と同じように生命の設計図に微妙な違いがあり、われわれがどこまで耐えるのかという違いが決められているからです。遺伝子を比較しながら、最終的には根本的に設計図の差を見つけて、それを基に病気を改めて考える、あるいは今まで原因が分からない病気であっても、遺伝子の違いを通して見ることによって新たに原因を明らかにする、という形で研究を発展させたいと考えています。  

一つ例を示します。免疫を抑える薬を飲んだ場合に、心臓に障害が起きる患者さんが一部おられます。どんな薬でも、非常に頻度の少ないものから頻度の多いものまで、副作用を起こすケースが認められます。私たちは、腎臓の移植を受けた後に免疫を抑える薬を服用され、そのあと心臓に非常に重い副作用が出た患者さんが、一体どのような遺伝暗号の特徴を持っているのかを調べました。  するとX遺伝子のある部位でGとCという違いが見つかりました。われわれは、お父さんとお母さんから同じ遺伝子を一組ずつ受け継ぎますので、一つの遺伝子について両親由来のものが二つあります。したがいまして、ある場所に両方ともGのタイプの遺伝子を受け継いだ人、GとCのタイプを受け継いだ人、CとCのタイプを受け継いだ人がいることになります。ご覧になって明らかなように、GGタイプとGCタイプは合計28人いますが1人も心臓に重い副作用を示しません。ところがCCタイプの人は合計44人のうち10人心臓に重い副作用がでていました。さらに調べていくうちに別のY遺伝子にも副作用との関係が見つかりました。この遺伝子の場合、CC型とCT型が合計30人おり、心臓に重い副作用を示した人いませんけれども、TT型の場合には42人中10人が強い副作用を示しました。この二つの遺伝子を組み合わせると、図のような分類になり、X遺伝子がCC型、かつY遺伝子がTT型の場合に3人に1人が重い副作用を心臓に示しました。ところが、それ以外の人は1人も副作用を起こしていないことが明らかになりました。  このような研究をどんどん発展させていけば、ある遺伝子のあるタイプを持った人にはある副作用が起きやすいことを、突き止めていくことができると思います。究極のゴールとしては、副作用をできる限り世の中から減らすというような医療の確立を考えています。

副作用というと、皆さん「自分には関係ない」というふうに思われているかもしれませんけれども、実は皆さんが飲んでおられる鎮痛剤、あるいは風邪薬などで、このような重い副作用を示す患者さんが日本に年間300人ぐらいおられます。これは、スティーブンス・ジョンソン症候群という名前が付いていますけど、風邪薬とか鎮痛剤、あるいは解熱剤を飲んだあとに、このような強い副作用を示すものです。見ると、まるで火傷のようですけども、実際これは火傷ではなくて、薬の副作用によって、このように皮膚が、まるで大きな火傷を負ったかのようにひどい症状を示すケースであり、私たちは遺伝子を突き止めていくことによって原因を突き止め、このような不幸な副作用を回避できると考えています。

私たちが目指している医療を、オーダーメード医療と呼んでいますが、今までの医療とどう違うのでしょうか?わかりやすく例えると今までの医療はワンサイズ、あるいはある特定のサイズしかない服を着せられているような医療といえます。ある診断がつくと、「じゃあ、この薬にしましょう」という形で、薬が与えられます。そうしますと、服のサイズにある程度限りがあると、ダボダボな人も、窮屈な人も、ぴったりな人もいるように、薬が効かなかったり、副作用が強い出た人がでてくるわけです。私たちは、遺伝子を調べていくことによって、多くの患者さんにぴったりした洋服を提供するような形で、副作用もなく、効果が期待できるような治療法を提供したいと考えています。遺伝子、ゲノムというキーワードによって、医療はこのようなレディーメード型からオーダーメード型に、まさに今大きな転換を遂げつつあるとご理解していただきたいのです。

この図は将来像を示したものですが、遺伝暗号の違いの情報をICカードに入れておく。それをそれぞれの方が持ち、病院を受診する際には病院へそれを持って行く。すると、お医者さんは薬を出すときに、コンピューターに薬の名前を打ち込むと、コンピューターが遺伝子に情報と比較して「この薬はあなたには危ないですよ」とか「この薬は避けたほうがいいです」「この薬は量を減らしたほうがいいです」というような警告をして、副作用を避ける医療を実現したいと考えております。  このような医療を実現するには、多くの患者さんに協力していただき、膨大なデータを蓄積しないとできないわけで、私どもが全国をこのような講演会を開く形で行脚して私たちが目指しているものを紹介している理由もここにあります。このプロジェクトは、われわれ研究者だけでできるものではありません、研究者とお医者さんだけが協力してもできるものでありません。患者さんとお医者さんと私たち研究者が三位一体で協力しない限り実現ができないものであり、逆に協力体制を整えることができれば、1日でも早くこのような医療を実現できるといえます。  

抗がん剤という言葉が、先程から何回か出てまいりました。日本医大の江見先生から紹介がありましたように、私は外科医をやっておりました。もう二十数年前のものですが、このスライドの真中に立って手術をしているのが私です。オーダーメード医療という言葉を先ほどから使っておりますが、私が抗がん剤の使い方に疑問を感じたのは、このように医者として働いているときです。  

がんがある程度進行しますと、もうほとんど選択肢がなく、抗がん剤を使う、放射線治療をする、あるいは何もしないで様子を見る、の選択肢しかありません。もし、がんを治すというチャンスに賭けるのであれば患者さんは抗がん剤治療を受けるという治療を選択せざるを得ません。ところが皆さんご存知のように、今の抗がん剤の治療というのは、どちらかと言うと効く人のほうが少ないという状況です。非常によく効く薬が出てきましたけども、まだ、一部のがんに限られています。効果を前もって予測することはできず、わずか一部の方が抗がん剤の利益を得て、多くの方は副作用で苦しんで最後は苦しみながら亡くなっていくという経過を経ます。これまで医療側が提示できたのは、「この薬を使うと、何人に1人ぐらいは効く可能性があります。何%ぐらいです」と確率情報です。  私も、3年少し前に母親を大腸がんで亡くしました。その前に、果たして徹底的に抗がん剤で治療するかどうかという選択に迫られ、最終的には父親が、自分のそばに少しでも置いてほしいということで、抗がん剤の徹底的な治療というのはしませんでした。母親は亡くなりましたけども、私の心の中ではまだ後悔が残っております。ひょっとすると、たとえ副作用で苦しんでも、我慢していれば、今もまだ元気でいるのじゃないかという気持ちをひきずっています。私自身、そうであるように、がんでご両親とか家族の方を亡くされた方は、いろんな複雑な思いがあると思います。

われわれがすべきことは、ある患者さんにとって抗がん剤が効く確率が0%か100%かということを、できる限り高い精度で提供することだと考えています。自分が、あるいは自分の親が、自分の子供が抗がん剤、あるいは放射線で治療を受けなければならない時に、ほぼ100%の確率で元気になるのか、あるいは副作用で苦しむだけで終わってしまうのかということを、できるだけ高い確率で、高い精度で、患者さんに提供するのがわれわれの責務であると思っております。  二十何年前に思っていたことが、長い間出口が見つからずに「どうしてなんだろう」と思い続けてきましたが、最近、先程紹介したゲノムの研究を通して、効果を前もって予測ができるのではないかという兆しが見え始めました。それを紹介します。

ある薬の例をもとに紹介します。これは1年前に販売されたイレッサという、肺がんに対して新しく開発された治療薬です。この薬は、効く人には驚くほどよく効きます。ここに非常によく効いた患者さんの例を示します。左は薬を飲む前、右は1日朝1錠ずつ合計わずか14錠の薬を飲んだあとの胸のレントゲン像です。ご覧になって明らかなように、左の写真の左側(右の肺)は真っ白です。これはがんに加えて痰も一杯溜まっていているためで、この患者さんは毎日500tも600tも痰を吐きながら、酸素ボンベを抱えて入院しました。ところが、わずか14錠服用したあと、肺はご覧になって明らかなごとく、全く違う様相を示しています。実は、遠くの方はちょっとご覧になりにくいかもしれませんけど、この白い部分ががんの塊ですが、これが完全に消えています。  

この薬は一部の患者にはこのような形で非常に劇的な効果を示し、10人に3人の肺癌患者さんはがんのサイズが半分以下に小さくなると報告されています。ところが、ここにおられる方はご存知かもしれませんけども、この薬を1,000人に投与すると、確かに300人には効果がありますけども、10人は命に関わるような強い副作用を示して亡くなります。このような状況で、「この薬の販売をやめてしまえ」と言うと、この薬が効いた患者さんから薬をもぎとってしまうことになります。しかし、このまま放置すると、副作用で亡くなる患者さんが増え続けるということになってしまいます。  今までの医療では、このようなものに対して答えを出すことができなかったわけです。先程言いましたように、遺伝暗号の違いを調べることによって、副作用を予測するということができるかもしれないというデータをお見せしました。では、効く、効かないというのは見極められないのでしょうか?実は、可能かもしれないことを最近明らかにしつつあります。それも、やはり、ゲノム研究を通していろんな情報を得、また新しい技術を利用して、それぞれの患者さんのがんの性質の違いを、次の図のように視覚化して見るということができるようになったからです。  

上の二つは2人の大腸がん、下の二つが脳にできた腫瘍の遺伝子の働きを、ここに示すように色に変えて見る方法をお示ししました。この2人の大腸がん、2人の脳腫瘍は互いに非常に似たパターンを示しますけれども、脳腫瘍と大腸がんでは全く違います。では、この大腸がん2症例は全く同じかというと、そうではありませんで、右下にお示ししたように、大腸がん2症例で同じ色の部分を黒で消したのが右下のパターンです。ここに黄色い色が二つあり、同じ場所のもう一人の大腸がんでは、ここに赤い色が二つあります。この黄色と赤というのは、遺伝子の働きが違っていることを意味しているわけで、数パーセントの遺伝子の働きは、同じ大腸がんであっても2症例では微妙に違います。  

このような微妙な遺伝子の働きの違いが、がんの性質の違い、つまり薬が効きやすい、効きにくいを決めているのではないかと考え、先程のイレッサという薬を服用された患者さんに協力していただいて調べました。その結果、ある遺伝子の働きを調べると効いた患者さんでは赤か黄色の色合いを示し、効かなかった患者さんでは緑色を示した。つまり、効いた患者さんではある色を示し、効かなかった患者さんでは違う色を示したという答えを得ました。そのような遺伝子が幾つか見つかりました。  先程申し上げ忘れましたが、私たちのゲノムの中には、約3万5,000種類ぐらい遺伝子と呼ばれるものがあり、その遺伝子がタンパク質を作ります。したがって、遺伝子の働きを調べれば、どんなタンパク質がどれだけ作られているのかを調べることができるわけで、Aさん、Bさん、Cさん、Dさん、Eさん、Fさんと、薬の効いた方は赤か黄色の量でタンパク質が作られ、効かなかった方は緑色のレベルでしかタンパク質が作られなかったことになります。  

このような遺伝子が幾つか見つかり、それらの遺伝子の働きをもとにそれぞれの患者さんのがんに点数につけてみました。そうすると、このような形で薬の効いた患者と、薬の効かなかった患者を色で区別ができ、それを点数化すると効いた方は100点満点になり、効かなかった患者さんは、マイナス50点より小さい点数を示しました。つまり、われわれが持っている遺伝子の中からある特定の遺伝子に的を絞って、遺伝子の働きを色で描き出して調べて、それを点数に変える仕組みを作ると、効いた人と効かなかった人をきれいにわけることができることが明らかになりました。  このような検査ができる薬はまだ限られています。しかし、この患者さんはなぜ抗がん剤が効くのか、この患者さんはなぜ効かなかったのかという謎が、遺伝子の情報、つまり生命の設計図を紐解くことによって、解き明かすことが可能になりつつあるわけです。実際、私たちはこのようなシステムを作ってから、4人の患者さんにテストをしました。その結果、プラスの点数であった方にはこの薬は効きましたし、マイナスであった3人の方には効きませんでした。まだ、数は少ないですが、4人とも点数と薬の効果が一致していたということで、患者さんの協力を得てさらに評価して、この検査を患者さんを治療をする際に応用したいと考えていますし、ほかの薬でも同じような検査ができあがりつつあります。  したがって、私が二十数年前に感じ、今まで全く手も足も出なかった、なぜこの人に薬が効くのか、この人に効かないのかという疑問、あるいはなぜある患者さんに特異的に強い副作用が出るのかという疑問が、解かれつつあるという状況を知っていただきたいと思います。このような成果を早く現場に還元しようと思えば、多くの患者さんの協力をいただきデータを積み重ねていく、その一言に尽きるわけであり、私たちは、患者さんの協力を得てこのような研究を進めていきたいと思っております。

では、どれだけの注意を払いながら、われわれがプロジェクトを進めているのかを紹介します。30万人の患者さんに対して、どのように協力を求め、個人の情報はどう管理しているかを説明します。

まず、患者さんの協力を得る際に、患者さんに研究内容を説明するメディカル・コーディネーターと呼んでいる方を育成しており、既に、4回の講習会を開催しております。協力していただいている病院から、看護師さん、薬剤師さんなどを派遣していただき、3日間あるいは4日間のコースで、プロジェクトの内容や患者さんにどう説明するのかを講義しています。  患者さんに協力を求める際に特に強調している点は、患者さんの自由意思に任せ、けっして強制をしないという点です。もし協力を断られても、絶対にそれによって嫌な顔をしたり、それで不満そうな顔はしないでくださいと。あくまでも協力していただける方の意思を尊重して、血液を採取してくださいということをお願いしております。それからもう一つ重要な点は、われわれが得られた情報を直接患者さん本人に返すということはしないことです。ある新しい医学的に重要な結果が得られた場合には、それを公開して、世界中どの患者さんでも同じような利益を得られるような形で利用する方針です。したがって、「個人個人には申し訳ありませんけど、お返ししません」ということをお伝えしています。個人の遺伝子情報保護を優先するためでもあります。当然ながら、あとで何か不安に感じて、「やっぱりいやだ」と同意を撤回される場合でも、すぐにサンプルを廃棄することにしてプロジェクトを進めています。  

これは、様々なコンピューターの扱い方を教えている場面です。右下は、患者さん役やインフォームド・コンセントを取る役をお互いに演じながら、1日かけてロールプレイと呼んでいるトレーニングをしている場面です。

これは全体の流れを示したものですが、先ほど言いましたように、メディカル・コーディネーターが、まず患者さんとコンタクトし、患者さんの了解が得られれば血液を採り、個人の特定ができない形に暗号化し、医科学研究所の中のバイオバンクジャパンに集められます。バイオバンクに30万人の方のサンプルを集め、これを国内の協力機関、あるいは研究計画が妥当であれば企業の方にも提供して、それを利用して少しでもいい薬、少しでもいい診断法を開発していただこうと協力する方針にしています。この段階で多くの方が不安に感じられるかもしれませんが、次に個人情報はどう管理しているかを簡単に説明します。

まず一つは、個人情報データをコンピューターに入力する係の人は、非常に限定されます。コンピューターを利用できる方は、この図のようなカードの中に指紋を登録しておきます。そして、機械に指を置くと、機械がこのICカードの中の指紋情報とこの方の指紋とを照合して、一致していればコンピューターを開くことができることになっています。誰でもが勝手にコンピューターを使えるということのないようにしています。

それから、もし盗難があって、無理矢理コンピューターを使おうとする場合には、ハードの記録が全て消失するということになります。この精度がまだもう一つなので(使用権限のある人がアクセスしようとしているのに認識されず)不正アクセスを防ごうとするためにコンピューターが壊れてしまったというのが、既に十数件あります。それほど厳しく、個人の情報が第三者に漏れないということに気を使っております。

さらに、各病院で個人個人の特定情報と暗号番号と病気の情報がデータベース化されますが、その中から個人を特定する情報が切り離され、暗号と病気の情報だけを一ヶ所に統合しようと進めています。先程も言いましたように、血液サンプルが外へ出る段階では既に暗号の標識しかありません。したがって、DNAとか血清は暗号とともに移動しますので、この段階で何かが起こっても、絶対にどこどこの誰々ということが特定できないようになっております。  それからもう一段階注意するために、研究する機関、つまりDNAとか血清を利用して研究をする機関に提供する場合には、もう1回暗号を組み替えて暗号Xを暗号Yに変える形で、個人を特定できないよう非常に大きな注意を払っております。  

別の言い方をすると、個人情報保護のために暗号化を2重に行っているといるということになります。まず、病院から試料がでていく際に暗号化し、さらに、研究機関に提供する際にもう一度暗号を組替えてします。したがって、いわゆるどこどこの誰々という個人特定情報と遺伝子の情報が、一ヶ所に同居するということは絶対にないようになっています。  公表するのは、「どこどこの誰々さんがどのような遺伝暗号を持っています」という情報ではなく、特定のグループ、つまり「ある薬に副作用を示しやすいグループは、こういう遺伝暗号を持っていますよ」というような、先程スライドでお示ししましたような情報だけです。また、医療機関、それからその患者さんの臨床情報を集めたデータベース、試料を集めるバイオバンク、さらに、研究機関のデータベースはコンピューター回線でつながっていませんから、どこかに侵入しても全てを連結することができないようになっています。個人の遺伝子の情報と、個人を特定する情報が絶対に重ならないという工夫をやっておりますので、われわれは個人情報をも守るためのベストの手立てを取っていることをこの場でご説明しておきます。

このプロジェクトは推進委員会の指導のもとに、実施会議があり、私がプロジェクトを運営するリーダーとなっていす。そして、岩手医科大学、大阪府立成人病センター、癌研究会、順天堂大学、東京都老人医療センター、徳州会グループ、日本医科大学、日本大学の8医療機関、39病院の協力を得まして、このプロジェクトを進めております。そして、バイオバンクにサンプルが集められ、東京大学の医科学研究所と理化学研究所の遺伝子多型研究センターが主に研究を分担するという形で進めております。また、私たちを監視する役割として、倫理的法的社会的問題ワーキンググループが京都大学の加藤先生を中心として組織され、倫理的、社会的に問題がないかを独立的にチェックしております。  

現在の進行状況を示しましたが、9月の26日現在で9,600人の方に協力をお願いして、8,366人の方からは「協力をする」という同意を得て採血をしております。現在88%の方が協力していただくという、非常に高い数字で協力を得ております。本当にありがたいことだと思っております。それから、自分は同意したけども家に帰ってから娘さんとか息子さんから「不安だからやめなさい」と言われた方々がおられ、その方は「やっぱりやめたい」という申し出があり、先ほど申し上げましたようにその方の試料に関しては廃棄するように手続きを進めました。  現在このようにプロジェクトが進んでおり、10月の9日現在の推計値ですが、すでに協力者は1万人を超えております。現在、月5,000人から6,000人程度の患者さんに協力していただいており、4年間で30万人の患者さんの協力を得たいと考えております。

最後に遺伝子研究の影の部分の話をしたいと思います。今まで私が申し上げてきたことは、全て光の部分です。病気の原因を見つけて、新しく薬を作る。それから病気のリスクを知ることによって病気を予防する、あるいは薬を効果的に使うとか、副作用を避けるというような、遺伝子の情報を利用することによってわれわれが得るであろう光の部分を申し上げてまいりました。しかし、遺伝子情報には影の部分もあります。生命保険に入る際に不利益を得る、あるいは社会差別、就職や結婚の差別につながるかもしれないという危惧を、多くの方が持っておられます。私はこういうことが絶対におこらないとは言いませんが、私たちが得られる光の部分と、わたしたちが失うかもしれない影の部分を冷静に考えながら、このようなプロジェクトを進めていく必要があると考えております。  

私たち研究者は、当然ながら影を作らないように最大限の努力を払っておりますけれども、社会全体として光を大きくして、影を最小限にするという努力が必要です。これは私個人の考えであるとしてお聞きいただきたいのですが、このような研究を進めていくためには、法律の整備が必要と考えています。遺伝子を悪用するということに対して厳罰をもって処すという抑止力が必要だと思いますし、保険に加入する際に、このような遺伝子情報で差別しないというような取り決めが必要だと思っています。米国ではクリントン前大統領が、「何人も遺伝子をもって差別してはならない」という宣言をしております。わが国も、そのような対策が必要だと思います。  それから、教育の問題が大事だと思います。別に遺伝子差別に限らず、いろいろな差別がわれわれの社会では存在します。私が申し上げたいのは、遺伝子が差別を生むという考え方は間違っているということです。差別を生んでいるのは人の心であり、私たちは不当な差別を防ぐ、避けることを、教育の場できっちりと教えていく必要があります。その一環として私が申し上げたいのは、私たちは「みんな同じだから平等だ」とことを学校で教わっていますが、私は遺伝子の多様性というものを通してそれが間違っていることを皆さんに申し上げたいと思います。

本来、先程言いましたようにわれわれの生命の設計図は300万ヶ所から1,000万ヶ所も違います。われわれ人類というのは、それだけいろんな違いを持っているわけです。したがって、本来は、「違っていても平等であるべき」という考え方が必要であり、それを教育の場に取り入れていくことからスタートしない限り、差別というものは防げないと思います。私たちは、違っていることを認め合い、かつお互いにそれぞれの尊厳を認め合うという教育をすべきであると思いますし、遺伝子の多様性というのは、科学的にわれわれが違っているということを教えてくれるわけです。ぜひ皆さんにもそれをわかっていただきたいと思います。

それからもう一点、これは読売新聞の後援でやっておりますので語弊がありますが、多くの場でわたしたち研究者はこの図のような形でマスコミに取り上げられます。最近の多くの医療過誤・医療ミスが報道され、それらを見ると責められても仕方がない反面はありますが、けっして多くの医者がそういうものではないし、多くの研究者がそういういい加減なものではないということを、皆さんにぜひ知っていただきたいと思います。一部不埒者がいることは否定しませんが、多くの方は、本当に医療をよくしよう、患者さんを治そうと日夜努力しておられます。私たちが皆さんに申し上げたいのは、このプロジェクトは、患者さんと、医療に従事しておられる方と、われわれ研究者が連合軍を組まない限りできないことであります。連合軍を組んで病気と闘うことを通して、今、病で苦しんでおられる方に治療法を開発する、あるいは、副作用で苦しむことを避ける方法を見つける形で、医療を発展させていきたいと考えています。

これは最後のスライドです。このプロジェクトのキャッチコピーは、「未来につなぐあなたのきもち」です。私たちの子孫のために、あるいは同じ病気で苦しんでいる人のために、ぜひとも皆さんの協力をいただいて、よりよい医療の実現化を行いたいと考えておりますし、そのためには、皆さんの絶大なるご理解とご支援をいただきたいと考えております。「未来につなぐあなたのきもち」を生かしていただいて、ぜひともわたしどもに協力を賜りたく、この場を借りて改めてお願いしたく存じます。

ここに示したホームページを通しまして、私たちの活動は全てオープンにしておりますので、皆さん、ぜひこれをご覧になって、私たちがどのようにこのプロジェクトに取り組んでいるかをご理解いただきたいと思います。どうも、ご清聴ありがとうございました。 ますが、やはり病気というものをなくし、病気で苦しんでいる人たちを一日も早く救うためにも、このようなプロジェクトを推進していきたいと考えておりますので、是非ともご理解たまわりたいと思います。どうもご静聴ありがとうございました。
 
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