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シンポジストプロフィール(2003年11月現在、敬称略)
太田妙子
患者サイドから

1971年 大阪大学医学部卒業 内科研修
1976年   東京大学医科系大学院修了
1977年   大阪大学第四内科(現加齢医学)に入局
1980年   大阪外国語大学保健管理センター勤務
1997年   同教授現在に至る。
1993年   夏「乳癌」を見つけ大阪成人病センターにて乳房切除術を受けた。

シンポジウム要旨 「乳癌を経験したものとして」
乳癌の手術を受けて早や10年になる。自ら希望しての乳房全切除だったが当時あちこちで乳房温存療法が行われ始めた時代である。癌患者が命さえ助かればどんな手術でも受容するという時代から傷の希望まで言える時代になりつつあった。かつて「癌告知」は死の宣告のように重く暗い響きを持っていた。この30年間だけでも治療の進歩は素晴らしくそれは無数の患者と真摯な医学者で築き上げた協同の成果だと思う。それにしても私が乳癌と診断された時には<母方の曾祖母は乳癌を手術したのに再発して亡くなったとか、父方の伯父に晩年にできた従姉妹達は乳癌が多い>とか「我が遺伝」「我が血脈」を思い煩ったものだ。
第二次大戦後日本人の体格は大きくなったという。又疾病構造も大きく変わってきた。遺伝子はそう早く変化しないであろうからこれらは環境や生活の変化に負うところと考えられる。一方ヒトゲノム解読が完了し遺伝情報が医学に利用できる時代となってきたという。どこからどこまでが遺伝による宿命の範囲なのかを調べやがて治療や発病予防も応用できるのだそうだ。
私たち患者は病を持つが故に次世代への基礎データとして遺伝子研究に協力することもできる。また今後患者に限らずさまざまな遺伝子情報が集積されてゆくと思われる。ただそのためには是非とも次のような条件が満たされなくてはならない。
将来にわたって個人や家系の遺伝情報が保護されること、利用に際しては法的・倫理的チェックが十二分になされることが必要である。国民的コンセンサスを得るシステムや遺伝カウンセリングの整備が併行して進んでいくように切望する。
 
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