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ただ今ご紹介にあずかりました、東京大学の中村です。本日はお忙しい中、沢山の方にお集まり頂きまして誠に有難うございます。このプロジェクトのリーダーとして、“私たちが何を目指しているのか?”“現状がどこまで進んでいるのか?”をご紹介させて頂きます。本プロジェクトは、ここにお示しておりますように、“文部科学省のリーディングプロジェクト”という形で、支援を受けている研究事業です。詳細につきましては、このホームページを通しましてご紹介しておりますので、興味のある方はこのホームページを通して更に詳しい情報を入手して頂ければと願っております。
医療は、21世紀になって、今や大きな変換点を迎えようとしています。私たちが目指しているのは、まず1点目として、病気の原因の解明にあります。まだ原因のわかっていない病気が沢山あります。病気を根本的に治そうと思えば、その原因を理解するところから始まります。理解するところから始まり、それから何年、何十年、かかるかもしれませんが、今は治せない病気を治すことができます。患者さんの協力を得て、原因もわからない、治療法もわからないような病気に対して、その答えを見出そうと、日夜努力しております。2点目は、病気の細かいことがわかると、それを通して新しい診断法、新しい治療法の開発に繋がります。最近、“エビデンスに基づく”という言葉がよく使われますが、エビデンス=“病気がなぜ起こるのか?”“症状がなぜ出るのか?”という事実でして、科学的な根拠に基づいて、薬の開発、新しい診断法の開発が、現在急速に行われつつあります。更に病気の詳しいことがわかれば、それら医療上有用な情報に従って、『オーダーメイド治療』を確立することが出来ます。『オーダーメイド治療』というのは、どういう治療か?に関しましては、これから詳細にご説明させて頂きますけども、今の医療というのは、ある程度”集団の医療“であります。例えば、“がん”、“糖尿病”、という診断がされますと画一的治療が行われます。しかし、それが本当に、患者さんの個々に合った医療であるかどうか、結果を見ないとわからない状況にあります。私たちは、ある治療を開始する前に、患者さんの個々にこの治療法が合うのかどうかを見極めて、“必ずこの薬は効く,そして副作用がない医療を確立したい”と考えております。それから、これはもっと先の話になるかもしれませんが、わが国は先進国の中でも極めて早く高齢化社会を迎えつつあります。ただ単に長生きをするのではなくて、病気にならずに健康で長生きすることが重要であります。その観点からは、病気を予防すること、病気の重症化を防ぐということが重要です。あれも駄目、これも駄目と言っていたら、なかなか出来ないのですが、“あなたはこういう病気になりやすいですよ”と分かれば、その方が、自分の生活に気をつけながら病気になるということを防ぐということも、可能になってくると思われます。私たちは、個人個人のリスク、危険性を遺伝子レベルで判定して、“ここに注意すればこういう病気のリスクが防げますよ”という形で遺伝子の情報を利用していけるような医療体系を作り上げたいと考えております。
本日のメインテーマは、『オーダーメイド医療』というテーマでありますので、“一体『オーダーメイド医療』とは、どういう医療であるのか?”と言ったことを、今から少しご紹介致します。私が、この『オーダーメイド医療』という言葉を使い始めてから、もう8年くらい経ちます。言い続けて参りましたけれども、こんなものは夢の治療法で、出来るわけがないという批判をよく耳にしました。しかしながら、この図はアメリカのFDA(薬の認可等を行っている役所)のホームページから取ってきたものですが、そこのニュースとして『オーダーメイド医療』、つまり“遺伝子の情報を用いて薬を使い分けしなさい”というガイダンスが昨年の11月に公表されました。まだ最終的なものは出来ておりませんけれども、このガイダンスの中には、今まで膨大なお金とリスクを伴っていた、薬の開発を効率的に行うことに、これらの情報は非常に役に立ちますと紹介されています。また、ある集団には薬が効くか効かないかは、あるいは、ある薬を飲むと副作用が出たりするようなことを科学的に明らかにするという観点から、遺伝子の情報は有用であり、これからは上手に遺伝子の情報を使いながら、薬を開発して行きなさい。あるいは、薬を使っていきなさい。と述べています。
従いまして『オーダーメイド医療』という言葉は、決して遠い将来ではなく、日々現実の問題としてとらえなければいけない医療になりつつあるということをご理解下さい。皆さん、先程の話にもありましたように、いろいろな薬を飲んだり投与されたりしていると思われますが、必ずしもある薬を飲めば全員に効くわけではありません。また一部の方には、非常に強い副作用を示すことがあります。現場は、今どういう形で対応をしているかというと、“ある病気になると薬を処方し、効かなかったらじゃあこっちにしましょう”“副作用が出たら量を減らしましょう”とか“この薬は止めるようにしましょう”という形で、患者さんの様子を見ながら対応しているわけです。従って、結果を見てから“この薬が合わないからこっちにしましょう”“この薬はあなたにはきつくて副作用が出ますから止めましょう”という形で使い分けている。すなわち、使ってみて、結果を見て、経験として薬の赤色とオレンジ色を白と青の薬に変えたり、量を増やしたり、あるいは種類を変えたり、という形で対応しています。結果として、こういうことをするのではなくて、あらかじめ、この薬は効きやすい、この薬は具合が悪いということが分かれば、より安全に、より効率的に薬を使うことが出来ます。特に、副作用の場合には、非常に重篤な副作用を示してしまえば、取り返しがつかないということも当然ありうるわけですから、あらかじめ副作用を回避することができるというような医療とは、患者さんにとって非常に重要であることは言うまでもありません。今や遺伝子の情報を使うことによって、副作用のリスクをある程度判定することが出来る時代になりつつある(全ての副作用が遺伝子で解決するわけではありませんけれども)ということをこれからお話申し上げます。
よく“Xという薬とYという薬どちらが良いか?”ということが比較されます。ここで示したのは、ちょっとプロトコールと書いているので分かりにくいかもしれませんけれども、Xという薬とYという薬があるとします。Xを10人の患者さんに使うと2人に効きました。Yという薬があります、10人の患者さんにこれを出したところ、3人の方に効いて、7人には効かなかったとします。こういう状況が起こると、Yという薬がXの薬よりも良いですよ、という判定が今はなされています。集団としては正しいかもしれません。しかし、個人個人の患者さんにとって必ずしもYという薬が、Xという薬より良いとは言い切れません。もし、AからIさんまで10人いて、AさんとBさんには効いていたのが、Y薬ではAさんとBさんとCさんに効くようになったという状況であれば、YはXより優れているということが言えます。しかし、もし、患者さん10人が居て、Xという薬はAさんとBさんに効きました。Yという薬はCさんとDさんとEさんに効いた場合に、Yという薬がXという薬より必ずしも良いとは言えないわけです。すなわちAさんとBさんにとっては、本当は効いていた薬があったのに、薬が変わってしまった為に、効かなくなったということになります。例えば、抗がん剤があります。ある抗がん剤で治療を受けたとして、AさんとBさんは効いたとして、別の抗がん剤を使うとCさんとDさんとEさんに効いたという状況を想定すると、治療法を変えた為に、ある患者さんには良かったけれども、ある患者さんは薬を失ってしまうということにもなりかねないわけです。今やある薬を使った場合に、どの人に効くのかということをわからないまま使って、ただ10人に2人と10人に3人を比べて3人の薬のほうが良いという判定をしていますけれども、これはある患者さんにとって不利益になる可能性もあります。もし私たちがここにあるXという治療法に効く人、Yという治療法に効く人が分かれば、先程言った、10人の患者さん、2人に効くとか、3人に効くのではなくて、10人の患者さんのうち、5人に良い治療法を提供することが出来るわけです。従って、ただ単に効かないからこっちにしようというのではなくて、私たちはこの薬はこの患者さんに合っている。この薬にはこの患者さんが合う、というようなことを明らかにして行けば、その利益を受ける患者さんというのはどんどん広がってくるわけです。副作用においては、逆のことが言えますが、それはまた後から話をさせて頂きます。ここまでのお話は、すなわち効く薬を上手く見極めていくことによって、どんどんその薬の恩恵、その治療法の恩恵を受ける人の数を増やすことも出来るわけです。この観点から今後、遺伝子の情報を利用することによって、少しでも多くの患者さんに今ある治療法でも利益をもたらすということが、可能になってくるわけです。こういう研究が可能になってきた背景に、先程から遺伝子という言葉を何回も使って参りました。遺伝子という言葉以外に、このような研究が出来るようになった背景を、今から少しご説明申し上げます。その背景にあるのが、“ゲノム”という言葉です。残念ながら、日本では、中学とか高校の教科書に“ゲノム”という言葉が出てくるのは生命倫理のところだけで、科学的なことは一切教えません。
科学として、“ゲノム”という言葉を教えておりませんので、みなさんにとっては馴染みがない言葉かもしれませんけれども、“ゲノム”というのは生命の設計図です。私達が人間の形をしているのは“人間としてのゲノム”、つまり、人間としての生命の設計図を持っているから、人間の形をしています。“犬は犬のゲノム”を持っていますから犬の形をしている、“豚は豚のゲノム”を持っているから豚の形をしているわけです。それぞれゲノムというものに書き込まれた設計図に応じて、私たちの形が作られます。その生命の設計図は、ここに示しました“染色体”という形で、私たちは細胞の中に見てとることが出来ます。つまり、設計図がこの染色体というものの中に織込まれています。その科学物質名が、“DNA”です。最近はいろんなところで“DNA”という言葉は、あるいは、“遺伝子”という言葉が使われるようになりましたので、みなさん耳にされたことはあると思いますけども、このDNAに書き込まれた情報によって私たちの人間の形が作られていますし、いろいろな生命の仕組みが、これによって調節されています。この生命の設計図、“DNA”ですけれども、4種類の文字から出来ています。非常に単純で、A、D、C、Tという4種類の文字しかなく、それが30億繋がって、私たちの設計図を形作っています。今私たちが取り組もうとしているのは、この30億文字の内、3百万箇所から1千万箇所が個人個人で違っているという点です。“何故、ある人はある薬にとんでもない副作用が出るのか?”、あるいは“何故、私たちがみんな姿・形が違うのか?”などの個人個人の違いがあるのは、この微妙に遺伝暗号文字が違っているからです。今までなんとか体質と呼ばれてきたものも、実はこの遺伝暗号の違いが体質というものに反映されて、私たちの違いを形作っているわけです。少し細かくなってわかりにくいところがあるかもしれませんけれども、30億の遺伝暗号から出来ているゲノムの中に、遺伝子という情報単位が約3万〜4万カ所存在します。この遺伝子はたんぱく質というものを作る情報をもっています。たんぱく質というのはホルモン或いは食べ物を消化する為に使われているアミダーゼ、トリプシン、リパーゼとか、皆さんも聞いた事があるかもしれませんけれども、そういうものがたんぱく質から出来ていて、それによって、私たちの生命が調節されています。この遺伝子というものには、いつたんぱく質を作るのか、どこで作るのか、どれだけ作るのか、といった情報も入っていまして、そのたんぱく質の作る量の多い少ないによって、私たちは非常に微妙な変化を起こしますし、逆に言えばたんぱく質が、いつ、どこで、どれだけ、という形式で問題なく調節されていると、私たちは健康を維持していくことが出来ます。この遺伝暗号の違い、あるいはいろいろな環境とかストレスによって、遺伝子の働きに違いが生じ、それによってたんぱく質の性質が変わったり、たんぱく質の量が変わったりします。つまり、本来あるべき性質のものではなくなったり、本来あるべき量ではなくなったりすると、健康を維持する為のバランスが崩されて、病気になってしまいます。この微妙な違いが、また、それぞれの患者さんのいろいろな体質の違い、例えばがんの性質の違いなどを作ります。遺伝子の働きのバランスが私たちの生命の調節に関係していますし、そのバランスが崩れると病気になりますし、病気になっても微妙なたんぱく質の働きの違いで、いろんな病気の性質の違いをきたします。
繰り返しますけれども、遺伝暗号の中には、何百万箇所か遺伝暗号の違っている場所があります。個人間で違っている場所があって、姿・形をもたらしたり、あるいは病気になりやすい、なりにくい性質に影響したり、あるいは薬に効きやすい人、効きにくい人、副作用の強く出る人というようないわゆる、私たちが今までこの薬は合う、合わない体質だと言ってきた体質の科学的な背景として、遺伝暗号の違いがあるのだということをご理解下さい。インフルエンザにまったくかかったことが無いという方、この中にいらっしゃるかもしれませんけども、ウイルスが入ってきても感染が起こらないタイプの遺伝子を持っている人というのがエイズなどでの例でわかってきていますし、このような遺伝暗号の違いが、微妙な病気になりやすい、なりにくい違いに反映されています。
難しい話をしてきましたが、一つの例として皆さんが日常感じていると思われる事例を上げさせて頂きます。このようなことも遺伝子でわかってきました。暗い場所に居て、パッと明るい所へ出ると、眩しくて見えない。その眩しくて見えない時間が、人によって違います。すぐに明るい所に慣れる人もいれば、なかなか慣れない人もいます。これを、“明順応”=明るい場所に慣れるというので、“明順応”といいますけれども、この明順応、直ぐに光の明るさに慣れる人、なかなか慣れない人の違いが、網膜にある光を感じる因子(レセプターと言います)を作る遺伝子1個の塩基、の1個の遺伝暗号の違いが、“この慣れやすさ”=明るい所に慣れやすいか否かの違いを反映しているのだという論文が、最近紹介されました。“私は大丈夫だ。もしくは、私は光に弱い方に相当する”と思われている方がいらっしゃるかもしれませんが…このようなことさらに例として取り上げる程ではないかもしれませんが、日常で体験している様々な個人個人の違いが、次第にこのような遺伝子の違いによって証明されつつある時代であるということをご理解下さい。
先程の病気の話に戻しますが、病気が生じるには勿論前提として、遺伝的な罹りやすさや罹りにくいという要因と、環境的な要因の2つが関係します。ところが、同じように環境にさらされたからといっても、同じように病気が生じるわけではありません。例えば体重が80キロになっても問題がなく平気な人もいますし、80キロの体重になった為に、肥満によって糖尿病になる人もいます。同様に100キロでも平気な人もいますし、120キロでも平気な人もいますが、80キロの体重で肥満となり、糖尿病になる人もいます。そのような微妙な違いを、実は遺伝子が次第に証明できるようになってきました。遺伝暗号と病気が生じた人を違った角度から説明するとこう言う事になります。家は家の設計図に基づいて作られます。設計図がしっかりしていると、地震が起きても問題はありません。ところが、同じ震度であっても設計図にミスがあると、少し壊れたり大きく壊れたりします。これと同じで、私たちは何かしらのストレスを受けると、ストレスを受けた時に平気な人もいれば、ストレスに弱い人もいる、その違いというのは、私たちの生命図に書き込まれた微妙な違いに影響されているということで、同じストレスや同じ環境でも、病気になったり、ならなかったりするのは、設計図の違いなのです。つまり遺伝暗号の違いによって、私たちが持っている強さが違うからで、逆に言えば、どの遺伝暗号を持っているとどの病気になりやすいかと言う事が、判明すれば病気の根本的な解明に繋がります。更にそれを利用してまた新しい治療法や新しい診断法の開発にも繋げて行くことが出来るわけです。私たちは“遺伝子とある病気の関係を調べながら、病気の根本的な原因を探したり”、あるいは“副作用の原因を見つけたりする”ということを今試みています。がんで少し実例を紹介させて頂きます。例えば、抗がん剤の『オーダーメイド治療』というのはどういうことかを今からご説明致します。20数年前、私は外科医として、がん患者さんの手術に携わっておりました。いろいろなことが重なって、今は遺伝子の研究者になっておりますけども、元々私はここに示しているように外科医として、がん患者さんの診療に携わっておりました。その時に感じたことがあります。“何故ある抗がん剤はある人には効いて、ある人には効かないのか?”“何故ある人にはとんでもない副作用が出るのか?”と、そういう疑問を感じながら研究に携わって、今私が感じていた疑問に答えが出せる可能性があるという思いを持っております。がんの『オーダーメイド医療』という言葉を申し上げましたけども、当然ながらそれの対象となる言葉、対比される言葉としてがんのレディメイド治療という言葉があります。今まさに抗がん剤の治療は、レディメイドで行われております。ある状況になると、効くか効かないかは後で知ればいいという形で治療は行われています。がん患者さんがいて、進行すると“抗がん剤使いますか?”ということをお医者さんから聞かれます。お医者さんは“この薬はだいたい20%か30%の患者さんに効きます”ということを言うわけですけども、この20%・30%という数字は個々の患者さん、あるいは患者さんの家族にとってはほとんど意味がありません。私は4年前に母親を大腸がんで亡くしましたけども、その前に医師として同じような状況に幾度も遭遇して、医者として感じていた疑問を、今度は癌患者の息子として、結局やってみないとわからない治療というのは、患者さんにとって非常に酷な選択を迫ることになるのだということを痛切に感じました。多くの人が、副作用で苦しむだけなのに、その治療法しかすがる術がないと、これは科学的でも何でもなくて、21世紀になってまだこういうことをやっているというのは、やはり“医学は近代的な科学であるとは言えない”というふうに痛感しました。見た目は同じでも抗がん剤の、効き方はまったく違うのに、やってみないとわからないというような状況に、今私たちは置かれているわけです。果たしてこういう状況のままで良いのか否かというのが、20数年も前に私が感じた疑問です。今まで何らこの点は改良されることもなく、同じような形で患者さんに確率を示してどうしますかということを求めているわけです。そのような事ではなく、患者さんあるいは患者さんのご家族にとって見れば自分はこの薬を使えば効くのか効かないのかということを、0か100に近い確率で知りたいわけです。私たちはその情報を提供する責任がありますし、今までは出来なかったけれどもこれからは出来る可能性を示していくことによって、やはり患者さんに対して個々に少しでも医療を提供したいと考えております。
一例を示します。イレッサという最近開発された薬によって、劇的に改善を示した肺がん患者さんの例です。真っ白な胸がわずか14錠薬を飲んだ後で、まったく違う胸になりました。真ん中に白い塊の“がん”があった患者さんが、2週間後にはほとんど消えております。全員このようなパターンを示すのであれば問題はありませんけれども、現実的には1ヶ月の薬剤費が20数万円かかる上、30%の患者さんにしか有効ではありません。私たちは遺伝子の働きを色で見て色でがんの性質(薬に効くか効かないか)を判定することを試みています。2人の大腸がん患者さん、2人の脳腫瘍患者さんのがん細胞の性質を遺伝子の働きを色をつけました。2人の大腸がん患者さんの色合いは非常に似ています。しかし、よく目を凝らすと、パターンの違っているところがあります。この2人の患者さんの内、色が同じ部分を真っ黒にして色が違っている部分を残すと、色合いが微妙に違います。色が違っているということは、遺伝子の働きの違いを示しているわけで、この微妙な遺伝子の働きの違いが、がん患者さんのがん細胞の性質の違い、つまり薬が効いている、効いていないということに影響を及ぼしているのではないかということで徹底的に調べてみると、ある遺伝子が見つかりました。ある薬に効いた患者さんと効かなかった患者さんでは遺伝子の働きのレベルが違うことが見つかったのです。薬の効果に関係するような遺伝子が浮かび上がってきたわけです。私たちは、今それを使ってこのような遺伝子の働きを点数にするというシステムを作り上げました。結果的にイレッサという薬で、遺伝子の働きを点数に置き換えて考えることによって、効く効かないをあらかじめ予測出来るという可能性を得ました。さらに、私たちの作ったシステムが上手く行っているかどうかを評価しました。そうすると、点数がプラスであればやはりこの薬が効いた、点数がマイナスであれば効かなかったというデータを得ておりまして、今やこれをどんどん広げて行ってこの薬を使う前に効く効かないを見極めると、それで治療を開始するというようなシステムを作りたいというように思っています。この薬の場合、先程も申し上げました通り、非常に高額であるということと、3割しか効かないという問題点を指摘しましたけれども、もう一つ問題があります。それはこの薬を1千人の患者さんに投与した場合、10人あるいは20人が命を落してしまうような副作用が出ることです。これは新聞やテレビで大きく取り上げられ、記憶の片隅にある方がいらっしゃるかもしれません。効く方が約3割、でも命を落す方が1〜2%いることについて、メディア等を通して皆様もお知りになられたことと思います。この薬の問題点はこのまま放っておけば副作用によって亡くなる患者さんが増えますし、中止するとこの薬に頼っていた患者さんのがんは確実に進行します。従って、私たちは効く人を見極める、あるいは副作用を予測するなどを考えなければいけません。
そこで、次に副作用の話をさせて頂きます。今効くか効かないは遺伝子の働きによって調べることが出来ると申し上げました。では副作用をどう考えるのかと申しますと、副作用というのは、アルコールに強い弱いというのと同じような現象です。例えばここの会場にいらっしゃる方に無理やりビールやお酒を飲ませると必ずひっくり返る人が出てくると思います。私たちは日常体験としてお酒に平気だ、お酒にちょっと弱い、お酒に非常に弱いというのを周囲の方々で見ているわけです。薬も同じで他から入ってくる物質で大体は大丈夫だと言いながらも、一部の人で非常に強い副作用が出てくるというのは、やはり薬に弱い人が存在するわけです。それは、今まで私たちは体質と言ってきましたけれども、体質とは何であるかということを先程申し上げましたように、遺伝暗号の違いです。従いまして、私たちは、遺伝暗号の違いを研究し続けて行けば、副作用の原因がわかるのではないかと考え、日々研究を進めております。この一例を示します。これは腎臓の移植の手術を受けた後に、免疫を押さえる薬をある患者さんが飲まれました。それによって、この患者さんは、心臓に重い副作用を示されました。私たちは、腎移植を受けた患者さんにご協力を頂いて、免疫を押さえる薬で非常に強い副作用を起こした人に遺伝的な特徴が見られるかどうかを研究しました。その結果がこれです。遺伝子の型で見ますとあるX遺伝子のGGタイプとGCタイプを持っていらっしゃる方は28人、1人も心臓に強い副作用を示されませんでした。それに対して、CCタイプは44人中10人の方が副作用を示されました。これとは別のY遺伝子に、やはりCタイプとTタイプという遺伝暗号の違いを持っている人がいて、それを調べるとCCあるいはCTタイプの30人の方は1人も心臓に強い副作用を示さなかったのに、TTタイプは42人中10人の方が副作用を示す結果となりました。この2つを合わせてXの遺伝子がCCタイプでYという遺伝子がかつTTというかたちで見ますと、3人に1人が心臓に重い副作用を示しました。それに対してそれ以外の人は42人いましたが、1人も心臓に強い副作用を示しませんでした。つまり今までこの薬に強い弱いと言ってきたことや、心臓が弱い体質だと言ってきたことが、こういう形で科学的に証明されつつある時代になって来ています。まだこの段階では不十分かもしれませんけれども、遺伝子の情報を出来るだけ沢山集めれば、この薬に対して非常に副作用が出やすいという人をある程度特定出来るというように私たちは考えていますし、こういう研究を進めて行く為には、当然ながら患者さんのご協力が必要となります。患者さんあるいは医療機関のご協力を得て、遺伝子の情報を積み重ねて行けば、副作用のない副作用を避けることの出来る社会が出来ると考えています。
次に最近の目標をお話させて頂きます。ここに書いてある抗生物質、解熱剤、てんかん、風邪薬などを飲むことによって、全身が火傷の様な症状を示す副作用です。これも薬の害の一つです。このようなものも、今や体質だから仕方がないといって諦めるのではなくて、患者さんのご協力さえ得られれば私たちは何らかの答えを出すことが出来るというように考えております。このような場をもうけて私たちが一般の方にお話をさせて頂いておりますのは、今まで駄目だとか体質だと言ってきたものを科学的に証明できる時代になりつつあるということを、皆様方に知って頂きたいと思い、このような講演会を開催させて頂きまして、患者さんのご協力を呼びかけているわけであります。将来的に私が目指している『オーダーメイド医療』というのは、薬の副作用が出やすい体質を持っている、つまり薬の副作用が出やすいような遺伝暗号を持っている人は、遺伝子の情報をあらかじめ保管しておくことによって、病院である薬の処方を受けた場合に、コンピューターがこの患者さんはこの薬は危ないですよ、危険ですよということを、警報で知らせて患者さんの副作用を回避するというような医療の仕組みを作りたいと考えております。数さえ集まれば必ず出来るというように思っております。
次に、私たちのプロジェクトの現状をご紹介します。当然ながら先程から申し上げましたように、私たちが目指すことを達成しようと思えば、多くの患者さんのご協力を得ないといけません。30万人の患者さんにご協力を頂きまして、遺伝子あるいは血清を集めようということを計画しておりますし、既に進んでおります。そのことを知って頂く機会としまして、先程も申し上げましたように私たちが何を目指していて、“何故、多くの患者さんのご協力が必要なのか?”ということを一般の方に広く認識して頂きたいという趣旨のもとに、ホームページを立ち上げ、講演会を開催させて頂きましてご協力を呼びかけております。当然ながら、このようなプロジェクトを実施しようと思いますと、個人情報を厳正に管理するということが必要ですし、このような前提に基づいて研究を進めたいと考えております。本プロジェクトは、メディカルコーディネーターと呼ばれる方に、患者さんへの呼びかけをして頂いております。私たちが何を目指しているのか、どういう問題点があるのかを説明して頂いて、患者さんにご協力を得られれば血液を採り、個人情報を匿名化した上で私どもへ集められ、研究機関、全国公的な機関、あるいは民間企業であっても医療の進展に繋がるような形の研究をされるのであればこのような試材を使って頂いて、より良い医療の確立を目指したいというように考えております。これまでメディカルコーディネーターの方たちには、私たちの趣旨を知って頂くとともに、患者さんに説明する注意点などを教育しております。特に、私たちが呼びかけをさせる際に、メディカルコーディネーターの皆様へお願いをしている点は、患者さんの自由意思を尊重して下さいということと、ご協力を拒否しても決して不利益を受けないということを説明して頂くとともに、これは遺伝子情報の管理等の問題があって、私たちが何か結果を得ても、“あなたはこういう遺伝子を持っていますよと知らせません。”ということをご納得した上で、ご協力して頂くようにお願いをしております。例えば、途中で気が変わったとか、あとで気が変わってもサンプルを廃棄出来るようなシステムを作り上げているので、それもお伝えして下さいというように申し上げております。細かい事柄になりますが、各病院は後ほどご紹介させていただきます。幾つかの医療機関にご協力を頂いておりまして、医療機関で個人を特定出来る“どこの誰々さん”という特定出来る情報を匿名化暗号に変えて、病気の情報と繋げるようなデータベースを作って頂いております。私たちの手元にまいります時には、匿名化された番号と患者さんの病気の情報或いは匿名化された番号とDNAあるいは血清でありまして、これを私どもで一括管理し、研究機関から依頼があればもう一度どこの誰なのかが特定できないように特定番号を変えた上で、研究機関に供給して個人の情報と個人の遺伝子の情報が繋がらない工夫をしております。念のために繰り返させて頂きますと、個人情報保護の仕組の為には、匿名化あるいは乱数表によって、2回どこの誰なのかが分からないような仕組みを取っておりますし、個人を特定する情報と個人の遺伝子の情報が絶対同居しないような仕組みを作っております。個人情報どこの誰々さんの情報があるのは、この各医療機関のデータベースだけで、私たちのところに集められる臨床データベース、あるいはDNAあるいは血清の保管の箇所には、一切個人の情報を入手しない形でそれぞれの患者さんに被害が生じないような仕組みを取っております。個人個人の情報に関しては、一切患者さんにも返しませんし、外にも公表致しません。
実際、情報保護、個人情報を、どのような形で保護しているかを幾つかご紹介させて頂きます。病気の情報を入力する、組み入れるコンピューターには、このような形でICカードによる個人の指紋を認証する仕組みを取っております。ここにプラスチックのカードがあります。この中にICチップというものがあり、その中に個人個人コンピューターを利用することの出来る方の指紋情報が入っています。ここに指を置きます。この指の指紋とこのカードにある指紋情報が一致した場合だけコンピューターが作動します。もしこれが一致しない場合にはコンピューターが開かずにコンピューターの記録が全て破壊されるという形で、誰かが盗もうとしてもコンピューターの情報を全て消し去ることによって、個人の情報が漏れないようにしております。すなわち、スパイ大作戦とか昔映画でもありましたように誰かが情報を入手しようとしても、不正なアクセスをするとハードの記録が消失するという形で個人情報が、コンピューターごと持っていかれても絶対にそれを利用することが出来ないような仕組みを取っております。それから私たちの建物の中に、DNAの保管庫がありますけれど、私たちの建物は非常に入室するのが厳重でしてドアの所にこのような指紋認証システムがあります。例えば私たちの研究室、或いはDNAの保管場所に入ろうとしてもここで数字を入力し、ここに指を置き指紋認証を行う必要があります。私たちの所にあるコンピューターで照合して一致しないとドアは開きません。そのような形で個人情報の保護には徹底しておりますし、外部から不正な侵入がないような仕組みも取っております。現実的にDNAを保管するバンクはどうなっているかと言いますと、ベルトコンベアによる全て自動式で百万本のチューブの保存が可能です。全自動というのは、この病気のこういう患者さんのDNAが必要ですと依頼があれば全てがロボットで管理されます。チューブの底にバーコードというのが付いていて、全てバーコードで管理されることになっています。DNAを保管しているチューブの底には、このような二次元バーコードというのを使っています。これは正方形を10X10区画に切りましてそれぞれが白、黒になります。合計100個のマス目がありますから2の100乗通りのパターン、つまりこのような模様が100億パターン出来ることになって、100億内の一つの匿名化記号によって個人個人がわからないような仕組みに変えております。従って、私たちの所から例えDNAが盗難されてもわかるのはこの底についているこのバーコードだけです。決してどこの誰々ということは認識されないようになっております。
血清を保管しているバンクに液体窒素というものが入っていて、マイナス150度に冷やす仕組みになっています。このようなタンクが50個近く並んでいまして、この中に300万本の血清のチューブを保管することが出来て、当然ながらこの部屋への入退室も特殊な仕組みを用いて誰でも出入りするというようなことが、出来ないようになっております。
次に、このプロジェクトの推進の方策をお示します。推進委員会で、対象病名あるいは予算案などが決められ、私をリーダーとする実施会議が実際の運営に携わっております。ご協力して頂いている医療機関はここにお示しした8医療機関で、私どもにDNAが管理されます。研究に参画しているのは、現時点では、理化学研究所の遺伝子多型研究センターと、私どもの東京大学医科学研究所です。プロジェクトの進捗状況をご紹介しますと、これまでにこの8医療機関で順次患者さんへの依頼が始まり、2月29日迄に4万強の方に依頼して、3万6千人の方に協力を得て、現在1人の患者さんについて3本に分けてDNAを保管しておりますので、約10万本のチューブが私たちの手元に届けられて管理されております。90%近くの方にご協力を頂いておりまして、非常に感謝しております。これを社会に還元する、患者さんに還元する形で、患者さんのご協力を無にしないような形で研究を進めて、より良い医療の為に利用して行きたいというように考えております。
最後に、時間もなくなりましたけども、私のこの遺伝子の研究に対する個人的な考えであるというようにご理解して頂いた上で、これからのコメントを聞いて頂きたいと思います。遺伝子の研究に対しては様々な批判がございます。私が申し上げてきましたのは、この光の部分であり、病気の原因がわかり、薬ができる、予防ができる、薬を有効に使うことができる部分です。しかし、当然ながら悪用しようと思えば生命保険などに入る時に差別をする、あるいは社会差別に繋げようと思えば繋げることが可能であります。そのようなリスクを覆い隠すつもりはございません。しかしながら、今ベッドで苦しんでいる方、いろいろな副作用で苦しんでいる方にとっては、やはり新しい医療、良い医療が必要です。光を最大にして影を最小にするために、私たちが何をすべきかを最重要課題として考えるべきであると捉えております。当然ながら、光を最大限にして影を最小にする為には、法律を作って遺伝子を悪用しないような抑止力にするということが必要であると、私は個人的にずっと思っております。生命保険などの差別を生まないような法制度の整備も必要だというようにも思います。アメリカでは、既に2003年の10月に遺伝子差別を禁止する法律が国レベルで可決されておりまして、遺伝子を差別に用いてはならないということが明確に打ち出されております。もう一点は、教育の問題です。遺伝子が差別を生むということをよく言われる方がいらっしゃいますけれども、決して遺伝子が差別を生んでいるわけではなくて、元々ある差別に遺伝子を結びつけようとしているのが問題であるというように思います。遺伝子が差別を生むのではなくて、差別を生んでいるのは人の心でありまして、この遺伝子の問題にかかわらず様々な差別を防ぐために私たちは、みんなが違っていてもそれを理解し合うという教育をする必要があるというように私自身確信しております。これは、昨年度ヒットしたスマップの歌の歌詞です。まさにこういう気持ちが私たちには必要だと思います。私たちはみんなそれぞれ花を咲かせる為の種を持っています。皆個々の自分自身の花を咲かせるために、一生懸命に日々を大切にして生きて行けば良いわけであります。お互いに、相手がどんな花を咲かせようが、それを尊重するという気持ちが大事であり、個々を認め合い必要であるというように心から感じられる世の中であって欲しいと思っております。だから遺伝子の違いというものを通して、みんなが違っているのだということを認識して個々を大切にできる、それを基にして差別を無くすような教育に展開して頂ければというように私自身願っております。差別を生む危険性を、一方的に非難して遺伝子の研究を妨げても、そこからは何も生み出されないというように思います。みんながお互いに知恵を絞りあって、光を最大にして影を最小にするという努力を更に努力をし続けて行くべきだと思います。そのような気持ちを是非ともご理解して頂きたいと思います。それからもう一点、メディアの取り上げる題材として、私たちと患者さんが対立する構図を作り上げようとされることが、しばしば見受けられます。メディアのつくられたこのような構図が生み出す結果としては、もっとも不利益を受けるのは患者さんではないのか、と私自身は考えております。私たちは、“患者さんと協力し合って、病気というものをやっつける”という取り組み方をして行きたいと思っております。本日ご来場頂きました皆様には、是非私たちの趣旨をくみ取って頂きたく願っております。医療機関の方も含め、患者と医療従事者と研究者の三者が連合することによって、はじめて病気を克服することが出来るのだということを、ご理解賜りたいと願っております。
先に上映されました、いとうまい子さんが登場されているビデオにもありました通り、私たちのキャッチコピーは、“未来につなぐ あなたの気持ち”であります。同じ病気で苦しんでいる方、あるいは病気に苦しむかもしれない私たちの子孫の為に、是非ともこの研究の趣旨をご理解頂きご協力賜りたいと願っております。所々、割愛してわかりにくい点があったかもしれませんが、私たちの気持ちはこの最後の1枚に込められておりますので、いろいろなご意見やご批判はあることと思いますが、病気で苦しんでいる方の為に、“私たちの気持ちを将来に繋ぎたい”という点を、是非ともご理解頂けますことを願って私の話を終わりたいと思います。どうもご静聴有難うございました。
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