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◆オーダーメード医療実現化プロジェクト

 このような世界に秀でたシステムを背景として、本年度から文部科学省ではリーディングプロジェクトという形でオーダーメイド医療実現化プロジェクトをスタートした。テーラーメイド医療という言葉を使っている方もいるが、新聞では日経がテーラーメイドを使い、ほかの新聞紙はオーダーメイド医療という形で使っている。これは何年か前から私が使い始めた言葉であり、テーラーメイドではなくなぜオーダーメイドなのかという理由を2つ述べる。
 ひとつは、だれが医療の主役なのか。テーラーメイドは医者が主役でやっていくという医療というイメージを与える。それに対してオーダーメイドは患者さんを中心に医療を展開していくというニュアンスが伝わる。もう1点は、われわれ日本人にとってテーラーという言葉はなじみやすい言葉ではなくて、やはりテーラーメイドというのはかなり高級感が漂い、一部の特定の患者さんだけが特別な仕様で医療を受けというニュアンスを与える。確かにオーダーメイドという言葉は英語の辞書には載っていない和製英語だが、今の日本人の庶民感覚からもわれわれが目指すべきところは、テーラーメイドではなくオーダーメイドとして首尾一貫してこの名前を使っているし、本当にどういう形で医療の将来を考えるかということを認識するのであれば、テーラーメイドという言葉では将来の21世紀の医療は成立し得ないというように私自身は思っている。したがって、この言葉を広めるという意味もあり、略称としてオーダーメイド医療実現化プロジェクトという名前を使っているわけである。
 中身は、1)病気の原因を解明する。今治療法のない疾患、あるいは原因さえわかっていない疾患の原因を解明することにより、それを通して新しい診断法、治療法を開発するということである。先ほどゲノム創薬という言葉に触れたが、ゲノム創薬というのは全く意味のない言葉であると私自身は思っている。ゲノムがわかって、シークエンスがわかって、タンパクの配列がわかり、タンパクの構造がわかれば薬ができるというのは全くのたわ言であって、われわれが行うべきことはエビデンスを見つけることである。
 日本の戦略は非常に上滑りで、ゲノムの配列が終わったから次はタンパクだというような形でタンパクの構造解析、あるいはプロテオミクスなどが始まっているが、最も根幹となる病気の原因を見つける、そのためには何をするかいう戦略に欠けていることがこの国の寂しいところではないかと思う。
 もう一つは、個々の患者さんにあった医療を提供していくということ。なぜAさんは副作用が出やすいのか。なぜBさんはこの抗癌剤は全く効かなくて副作用だけに苦しむのか。なぜCさんはこんなにこの抗癌剤が効くのか。そういうことに対して、我々は体質という言葉でごまかしてきたが、今や遺伝子多型という言葉、あるいは遺伝子の発現情報をもとに個々の病態というものを詳しく知り、それを通して患者さんに還元することができるようになってきたと感じており、またそれを実行していくのがわれわれの責務である。
 最終的には、遺伝のリスクがわかり、それに伴ってどのような環境要因が疾患に対して悪影響を及ぼしているかというのがわかれば、病気を個人のレベルで、個人の責任で予防していくという時代がやってくると考えている。
 
プロジェクト
 プロジェクトの内容を説明する。30万人という数は決して少ない数ではなく、その数字を考えれば国民400人にひとりとなり、広くとれば血縁関係者のだれかがこのプロジェクトに協力するという形にもなり得るわけで、どんな研究をどのように展開していくか、それをどう社会に還元するかを説明していく責務がある。当然ながらインフォームド・コンセントはきちんと行う必要があり、それを今回のプロジェクトは専任のメディカル・コーディネーターという方を設置してインフォームド・コンセントをとるという形にしている。また当然ながら個人情報を厳正に管理するということは不可欠である。
 さらにこのようなデータをもとにいろいろなタンパクや遺伝子の解析を行い、臨床データベースと比較することによって病気の原因や薬の効果、副作用に関係するような遺伝子やタンパクを明らかにするということを目指しているわけである。

 このプロジェクトの背景になっているのは、ゲノムの遺伝暗号の解読というものである。ゲノムという言葉を私は生命の設計図と訳しているが、この生命の設計図をわれわれは染色体という形で目にすることがでる。24種類の染色体があり、その中には日本の男女共通した染色体とXYという性を決定する染色体がある。この染色体の中にわれわれの生命の設計図の遺伝暗号が書き込まれており、化学物質としてはDNAという形で呼ばれている。この4種類のAGCTという遺伝暗号が30億並んでわれわれのゲノムができているが、われわれが注目するのは、この遺伝暗号が300万から1,000万カ所個人間で違っているという事実である。
 姿かたちの違いは形づくる遺伝暗号の中に微妙な差があるからである。当然ながらこの遺伝子の多様性、遺伝暗号の違い、Single Nucleotide Polymorphismの略をとってスニップと呼んでいるが、この遺伝暗号の違いは遺伝子の働きの質的あるいは量的な違いにつながる。すなわち遺伝子によってつくられるタンパク質の性質の違い、あるいはタンパク質の量の違いにつながるわけである。当然ながらこの遺伝暗号の違いによるタンパクの質的・量的な違いは表現系の違い、つまり姿かたちの違いに通じたり、あるいは病気になりやすさの違いに通じたり、薬に対する応答性の違いに通じるのである。
 しかし、病気というのは遺伝子だけで決定されているわけではなくて、遺伝的な違いと環境要因が重なり、それが非常に複雑に絡み合って最終的には病気というものになる。今までいろんな形で環境要因や遺伝的な要因が語られてきたが、それを総合的に判定するには至らなかった。それはわれわれの遺伝子を解析する技術がそこまで至っておらず、ゲノムの暗号の情報を持っていなかった。しかし今や我々は遺伝暗号の情報のほとんどを手にし、それを通してタンパク質の機能解析も非常に急速に進んでいる。そこで今我々は過去できなかったことを国家レベルで、あるいは非常にシステマチックにどのような研究をしていくかということが重要になる。

 遺伝暗号の違いと病気の起こりやすさというものを、家の設計図と地震で家が壊れるかどうかというものに例えて説明する。家は設計図に従って作られる。われわれの体や健康は、生命の設計図に従って維持されている。例えば設計図を設計技師がきっちりとつくってきた、あるいはそれに間違いがあった。そうしたときに同じ震度の地震が来てもびくともしない家、少し壊れる家、かなり壊れる家もある。なぜこうなるのか、設計図に微妙な齟齬があるために弱いところがあり、同じストレスがかかったときに反応が違うのである。まさに病気と遺伝子の関係も同じであって、同じストレスや環境的な負荷がかかっても病気になったりならなかったりするのは、ゲノムの設計図によってわれわれが耐え得る強さが微妙に違うからである。われわれはそのような微妙な遺伝子の違いを調べ、病気の原因を明らかにし、それをもとに診断法、治療法の開発に応用しようとしているのである。

 1つ具体的な例を紹介する。遺伝子多型研究センターにはこれまでは10チームであったが現在は13チームある。それぞれのチームが心筋梗塞、関節リウマチ、変形性関節症、ぜんそく、糖尿病性腎症、肥満、それから肝炎の研究を行っている。この研究センターの特徴は産学連携にあり、それぞれのチームが特定の製薬企業と連携して研究を進め、論文を書く前に特定の企業に疾患遺伝子の情報を示してともに薬の開発を行っていくということで、関節リウマチに関しては三共、糖尿病性腎症はシオノギ製薬、変形性関節症は武田、薬剤応答性という肝炎のチームは住友製薬と共同研究をしながら、実際に情報を社会に還元する研究を行っている。研究センターに集めた患者さんの合計の数は1万2,000症例で、過去3年間の間に着々とサンプルを収集して、これを疾患解析に応用している。
 これは昨年度の「ネーチャー・ジエネティクス」という雑誌に既に報告した内容で、心筋梗塞のリスクになる遺伝子を見つけた情報である。現在日本国中さまざまな形で相関解析が行われているが、それは非常にあいまいな形である。われわれは研究を始める前にどの程度のリスクファクターをつかむには、どの程度の患者さんが必要で、どの程度の有意さを持ってよしとするかというシミュレーションを行うが、多くの研究者はそうではなくて、とにかく100人いるから何かやってみてそれなりの数字が出ればまとめようという形で研究を行っている。しかしゲノム全体を調べるということを仮定するのであれば1,000人単位の患者さんが必要である。1,000人単位の患者さんで研究を進めていけば、心筋梗塞になるリスクが1.6倍、1.7倍程度のものを同定することができる。
 例えば、6万5,000カ所のスニップを解析したが、それぞれの遺伝暗号の違いが病気と関係しそうかどうかの有意差の検定を行う。その結果、よくP>0.01の場所が何と1,600カ所もある。論文ではPが約0.02だからこれは関係あるというような報告があるが、ゲノム全体でアソシエーション・スタディーをやっていく際には、P値が0.01というのはほとんど意味がない。危険率1%というのは100カ所やれば1カ所偶然に陽性となるかもしれないという程度の値なので、スニップの数をふやせばふやすほど0.01というのは全く意味のない数字になってくることは当たり前である。しかし、その当たり前のことをやっていないというところに大きな問題がある。
 われわれの戦略は、とりあえず100人程度の患者さんを対象にして一次スクリーニングを行う。そうすると1,600カ所可能性のある場所がある。次に患者さんの数を増やしてさらに解析を進めると、Pが0.05以上になってしまう場所がほとんどとなる。つまり100人程度の解析をすると、サンプリング・バイアスでPが0.01以下になるような場所が多数あるということである。
 さらに患者さんの数を1,000人にし、1,000人のコントロールと比較する。これはリンホトキシンαという遺伝子の解析結果であって、炎症に関係する遺伝子の解析結果。この遺伝子を患者群、心筋梗塞患者とコントロールで比較すると、有意差が3×10-6という非常に小さな数字で強い有意相関を示す。
 この遺伝子が本当に心筋梗塞に結びつくような血管の炎症性病変、動脈硬化病変に関係するかどうかは当然ながら機能解析して示していく必要がある。このLTAというのはいろいろな炎症病変に関係する遺伝子であるということが知られているから当然心筋梗塞が起こりやすい。つまり冠動脈の動脈硬化病変が起こりやすい人は、何らかの形で少しでも強い炎症性の変化を起こすのではないかということが予想される。
 そこでこのイントロンにあるスニップ、それからエクソン1にあるスニップを用いて、それぞれがルシフェラーゼというタンパク質の発現に影響を与えるかどうかを調べる。このWというのは正常型で、Vは心筋梗塞の患者でより多く認められた遺伝暗号の変化である。このイントロン1にあるある遺伝暗号の変化が、このリンホトキシンAという遺伝子の発現に影響してくるということがわかった。
 リンホトキシンは何をしているのか。現実的に正常型と心筋梗塞に多く認められるタイプでは、その転写活性に関係があるような状況が想定されるのかどうかということをゲルシフト・アッセイ法で調べる。このゲルシフト・アッセイ法は、DNAをとってきて、転写因子、つまりタンパク質をつくりなさいという刺激を与える因子が遺伝暗号の違いによってくっつく量に違いがあるかどうかを調べる。このバンドが濃ければたくさんくっつき、バンドが薄ければあまりくっつかない。逆に、濃くなれば炎症を起こすようなタンパク質をよりたくさん産生するということになるわけで、現実的には正常型と変異型、つまり心筋梗塞に見られるタイプで見ると、このバンドの濃さが明らかに違うのである。
 さらにもう1カ所、アミノ酸を変えるようなスニップに変化があった。そのアミノ酸を変える2つのタンパク質LTA26T型とLTA26N型をつくり、接着分子やサイトカインの発現に対してどのような影響を与えるかを調べる。V−CAMは血管にある接着因子だが、遺伝子T型とN型ではタンパク質の発現を誘導する力がかなり違う、セレクチンもやはり表面の接着分子であり、その接着分子の発現に与える変化もかなりある。つまりタンパクの量とともにタンパクの質も変わり、その相乗的な変化でこのような接着因子の発現に影響を与える。さらに冠動脈の血管内皮細胞においても、TNFという炎症物質の発現にかなり違いがあることがわかって、この微妙な遺伝暗号の違いが何かの刺激が起こったときの炎症性変化を増強し、そのために冠動脈に動脈性の変化を起こしやすくなり心筋梗塞のリスクを高めているのでないかと現在考えており、これをサポートするようなデータが続々と出てきている。結局のところ、このようなことを調べることによって、例えば心筋梗塞に対してバルーンで冠動脈の詰まりをとった後にこのリンホトキシンAを抑えるものを入れておけば再狭窄を防げる、あるいは非常にマイルドのようなものであれば、動脈性の変化を抑えるような形でLTAに対するアンタゴニストを使えるという可能性があるわけで、こういうものを薬の開発につなげていくことができると考えている。これからはこういうエビデンスが大事で、このエビデンスの積み重ねから薬の開発というものにつなげていく必然性がある。
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