バイオバンク通信第5号 1/4

バイオバンク通信

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インタビュー

「患者さんひとりひとりにあった上手な薬の
使い分けを見つける研究をしています」

バイオバンクに関わる研究者に聞く―莚田泰誠(むしろだ・たいせい)さん

 

 理化学研究所のファーマコゲノミクス研究グループ遺伝情報解析チームのリーダーである莚田泰誠さんにこの研究をはじめられた経緯と現在の研究状況について伺いました。

莚田さんの研究室では、何を研究していますか?

 薬の作用と遺伝子の関係を調べる研究は、大きく分けると、創薬に関するものと、個々人の薬の使い分けに関するものがあります。前者を「薬理ゲノム学(ファーマコゲノミクス)」、後者を「薬理遺伝学(ファーマコジェネティクス)」と呼びます。私はその両方の研究に携わっています

なぜ薬の効果・副作用と遺伝子に関する研究に興味をもったのですか?

 もともとは化学が好きで薬学部に進み薬剤師免許を取りましたが、調剤経験のない「ペーパー薬剤師」なんです(笑)。薬学部の学生の多くは、薬剤師になるか製薬会社で研究開発を行うか、どちらかの進路を選びます。私は研究者の道を選び、大学院を出たあとに製薬会社で研究をしてきました。薬を飲んだあとの血液や尿中の薬の濃度を測ることで、薬が体のなかでどのような動きをするのか(薬物動態)を研究していました。一般的に、全身を循環する血液の中の薬の量が多いほど、目的の臓器へ薬が多く移行しますので薬がよく効きます。しかし、薬の量が多すぎると毒性が見られるようになります。

では、薬剤師の資格はお持ちですが、ずっと基礎的な研究にかかわってこられたのですね。

 薬の作用を、体内の薬物動態で説明するための研究を15年間行ってきましたが、このような基礎的な研究は、なかなか患者さんと触れ合う機会がなく、患者さんのお役に立っている実感を得られなかった。患者さんの顔がみえるお仕事がしたいという希望をもっていたところに、2003年に中村祐輔先生から声をかけていただき、バイオバンク・ジャパンの研究に加わることになりました。バイオバンクでは、これまでの薬学の知識をベースに、患者さんにとってより安全で適切な薬の使い分けの研究をすることで直接お役に立てるところが魅力的でした。

これまでの研究で大変だったことは何ですか?

 日本で最高の研究環境をもつバイオバンクでも患者さんの副作用の症例は集まりにくいのが、この研究の泣きどころであります。しかし、症例の少なさを克服するために、アメリカ、台湾、韓国、タイ、マレーシアなどの研究施設と世界的なネットワークを作り、解析結果を検証し合っています。また別の問題として何種類もの薬を併用している場合、どの薬に原因があるのかを突き止めるのは難しく、解析上の課題です。

今までの研究で明らかになったことを教えてください。

 人間は年齢を重ねると血栓性疾患(脳梗塞や肺塞栓など)を発症しやすくなります。「ワルファリン」という抗血液凝固薬は、用量のコントロールが非常に難しく、投与量が多すぎると出血し、少なすぎると血栓ができ、しかも維持用量の個人差が大きい。これまで、ワルファリンの維持用量に関係している2つの遺伝子を発見し、個々の患者さんにとって最も適切な初回用量を決めるために、臨床研究を行っています。
 また、予期せぬ成果もあります。それは、特発性肺線維症に関連する遺伝子の発見でした。特発性肺線維症は、主に50歳以上の人に見られる病気で、症状が進むと呼吸困難になることもある難治性の疾患です。この疾患の治療薬を開発した企業との共同研究で、副作用関連遺伝子を調べています。バイオバンク・ジャパンで収集した特発性肺線維症の患者さんの試料83人分と、この病気に罹患したことのない535人分を比較解析をしたところ、特発性肺線維症になりやすい体質に関連する「TERT(テロメラーゼ逆転写酵素)遺伝子」を突き止めることができました。
 現在のところ特発性肺線維症の治療は、副腎皮質ステロイドの投与が主ですが、その有効率は10~20%程度と低く、充分満足できる治療成績は得られていない状況です。まだハードルは高いですが、TERT の遺伝子多型が診断法として使われ、ゴールとしては薬の開発につながればと願っています。この遺伝子の発見で特発性肺線維症の病態への理解がさらに進むものと期待しています。

 特発性肺線維症に関連する研究成果については、今年の10月、英国の科学雑誌「Journal of Medical Genetics」に掲載されました。

研究以外の時間は何をしていますか?

 (照れ笑い)土曜日・祝日も普通に研究しているし、家にいる時間が短いんです。どうかなぁ。家内は現役の薬剤師なので家でも話題は薬が中心です。研究の現場ではなかなかわからない臨床現場での薬の使い方や問題点などを教えてもらうことも多いですね。

今後の目標について教えてください。

 研究は進んでいるとはいえ、論文発表だけではまだ十分とはいえません。今後ひとつでも多く臨床における研究成果の検証を行い、最終的には保険適用までもっていきたいです。さらに、少しでも多くの診断法を見つけたいと思います。

患者さんへのメッセージをお願いします。

 まずは、DNA や血清・診療記録(カルテ)の提供のご協力に御礼を申し上げます。まだ形にはなっておりませんが、研究は着実に進んでいますのでしばらくお待ちください。必ず実用化していきたいと思います。

 

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