バイオバンク通信第9号1/4

バイオバンク通信

バックナンバー

インタビュー

統計学・遺伝学・コンピュータを武器に挑む、
人の遺伝子の多様性

バイオバンクに関わる研究者に聞く―鎌谷直之さん

 

 今年の4月から、理化学研究所ゲノム医科学研究センターのセンター長に就任された鎌谷さんにゲノムの膨大なデータから何がみえてくるのかについて伺いました。

どのようなお仕事をしていらっしゃるのですか?

 これまで、みなさまからいただきました一人当たり50万程の一塩基多型(SNP:スニップ)の膨大なデータを間違いなく分析するために統計処理を行ってきました。個人の遺伝的多様性データと臨床データを結びつけることで、疾患や薬の効き方、副作用との関連を調べて、結果を予測するための計算をやっています。また、海外から若い研究者を招聘して共同研究をし、世界の人々を対象にオーダーメイド医療の実現に向けて努めてきました。
 現在は、中村祐輔先生の後任として、研究チーム全体を取りまとめています。各研究チームへのサポートはもちろんのこと、世界や日本社会にむけて研究所の研究内容について情報発信していくことも重要な仕事のひとつです。

研究者になられた背景は?

昔から数学が大好きでした。数学の魅力は物事を論理的に考えられるところですね。将来は数学者になろうと思っていましたが、親が開業医であったために、医者になって家を継いでほしいといわれ、医師の道を選びました。私に似たのか、次男は数学者になっているので、時々分からないことがあると、息子に聞いています。医学部に進学しても、好きな数字を使った統計学と、統計学とルーツを同じくする遺伝学に没頭してきました。医学部にいた1960年代後半は、今のような「次世代スーパーコンピュータ」とは比べ物になりませんが、部屋いっぱいの大型コンピュータでパンチカードをたくさん並べて計算していました。この頃から、統計の大切さが指摘されていたものの、まだ医学に統計的方法を用いることへの理解が社会に十分浸透していなかった時代でした。しかし、この研究方法を固く信じて研究を進めてきました。1980年代後半に薬害エイズの問題が出てきた頃、ようやく医療行為の判断は、試験管実験の結果や動物実験、あるいは医師の経験や直感に頼るのではなく疫学統計的根拠に基づいて行わなければならないという考え方が世界的にも重要視されるようになりました。

最近の研究成果を教えてください。

 以前、我々は髪の毛の硬さや耳垢の乾湿に関係する遺伝子を含む14万か所のSNPを解析し、日本人の遺伝子の地域による多様性を明らかにする研究を行いました。この研究は民族や地域における遺伝子の多様性を確認したうえで、病気と遺伝子との関連を正しく把握するための基礎作業でした。
 そして、今年2月に『ネイチャー・ジェネティックス』誌に臨床血液検査に関係する46の新しい遺伝子を一度に発見したことを発表しました。この研究の成果は、個人の遺伝型に基づいて臨床血液検査の基準値の多様性を明らかにしたことです。遺伝子によって基準値が異なることがわかると、たくさんの人たちが無駄に精密検査を受けなくて済むようになると思います。また、病気の早期発見・治療ができるようになり、病気になった方も合併症や重症度に対する判断が以前より正しくなります。
 先日、韓国のバイオバンクでこの研究成果について講演をしてきましたが、海外の研究者にも大変刺激になったようです。世界各国の研究者と協力し、また競争をしています。世界の研究者と連携することで、より成果が上がり、ゲノム研究がまだ進んでいない国にも貢献しています。

これまでの研究で最も大変だった事は?

 前センター長の中村先生が、2002年に世界で初めて発表したゲノムワイド関連解析(GWAS:一人当たり10万か所以上のSNP を解析し、疾患感受性遺伝子を探索する研究手法)は、当初、評価できる人が少なく、批判も多かったので苦労したと思います。私も数学的側面からGWAS の重要性を訴えて来ましたが批判も受けました。しかし2005年から海外でもこの研究手法が使われはじめ、すごい勢いで広がっています。世界的専門誌である『ネイチャー・ジェネティックス』誌に掲載されている論文の45%がこの研究手法による論文です。

休日はどのように過ごされますか?

 家族とのいい関係を保つためにお風呂の掃除、犬の散歩、奥さんの買い物に付き合うことは欠かせません。2歳になるウェルシュ・コーギーという犬を飼っているんですが、このディナちゃんが非常に凶暴で困っています。他の人が手を出すと噛みつくのでそれが一番の悩みです。人間のDNA の多様性の研究は、動物のDNA 研究に比べて大変進んでいるんです。人間の研究が今後ペットや家畜の研究にも応用されるようになると思います。

最後に、患者様へのメッセージを一言お願いいたします。

 まず最初に、感謝を申し上げたいです。みなさまのご協力のおかげで、治療や早期診断に将来役立つ研究成果が着々と出ています。もちろん、あまり拙速にならないよう相当慎重にやっています。このような状況ですので、みなさまにはすぐにお返しできませんが、これから研究がもっと着実に進んでいけば、同じ病気の方々の治療や早期診断に役立てることができると思います。今後ともご協力の程、よろしくお願いいたします。

 

ページトップへ

バイオバンク通信第9号  1/4 page

目次へ | 次のページへ