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2025.2.17
Featuresニュース共同研究
日本の異なる分野の試料バンクがタッグを組んだ、画期的な研究プロジェクトが生まれた。脳アトラスを構築する「ブレインバイオバンクアトラス・ジャパン(BBAJ)」で、認知症や統合失調症などの重要な脳神経疾患の研究のためのインフラとなることが期待される。プロジェクトの主体となるのはバイオバンク・ジャパン(BBJ)と高齢者ブレインバンク(BBAR)。研究リーダーは東京大学大学院医学系研究科の岡田 随象 教授が務める。
BBJは、2003年に東京大学医科学研究所に設置されて以来、全国の12協力医療機関を通じて、27万人の患者さん(協力者)の血清・DNAと臨床情報を集めて保管している。BBJの試料には、最長で20年という長期間の病歴情報が紐づいており、ゲノム医学研究にとって貴重な研究資源となっている。近年は試料の情報化にも力を入れ、生体試料のゲノムワイド関連解析(GWAS)、全ゲノムシークエンス解析(WGS)や血清中のタンパク質、代謝物などの網羅的解析を進め、解析データを公開している。
一方のBBARは、BBJの協力医療機関の一つである「東京都健康長寿医療センター」に設置されており、ドナー登録をした方が亡くなられた後、ご家族の同意を得たうえでご提供いただいた脳組織および病理評価情報を体系的に収集・保管し、厳格な倫理審査を経て様々な研究者に提供している。脳は、からだ全体をつかさどる重要な器官である。加えて、脳神経疾患は亡くなられたあとに脳の病理解剖(剖検)をすることで初めて詳細な診断が確定することが多いことから、BBARの保管する脳試料がゲノム医学研究に果たす役割は非常に大きい。
脳試料そのものが希少であるため、それにドナー登録者の血清やDNA、その解析データまでが揃って研究に利用できることは、非常に珍しいことになる。しかもBBJの協力者の中に、BBARに脳や脊髄の組織を提供した方々が約100名いらっしゃることがわかったのだ。BBAR のヒト神経系組織試料とMRI(Magnetic Resonance Imaging、磁気共鳴画像法)やPET(Positron Emission Tomography、陽電子放出断層撮影)などの画像データ、臨床情報、病理情報に、BBJの生体試料・情報を組み合わせることで、まれにみる充実した研究リソースが構築された。
「ブレインバイオバンクアトラス・ジャパン」では、第3世代解析技術などを用いて、日本人集団の脳神経疾患に関わる分子生物学的プロセスやメカニズムを包括的に理解し、疾患発症や進行に関わる因子をより詳細にマッピングすることを目指す。
BBJとBBARは同プロジェクトをきっかけに密接な協力関係を展開している。2024年11月5日には、東京都健康長寿医療センタ―主催、BBJ共催にて、高齢者ブレインバンク都民公開講座「認知症未来社会創造センターにおけるゲノム研究の役割」が開かれ、BBJから松田浩一代表(東京大学新領域創成科学研究科・教授)が「バイオバンク・ブレインバンクの協力による、脳機能の解明を通じての認知症克服への道」というタイトルで講演した。
講演の中で松田代表は、認知症やアルツハイマー病に加えてうつ病や統合失調症など脳神経疾患の克服を目指し、実際に脳組織でなにが起きているのかを包括的に調べる「脳組織アトラス構築」の意義を訴えた。同プロジェクトには、BBJから岡田随象教授や熊坂夏彦教授(東京大学医科学研究所・国立成育医療研究センター)とともに、松田代表も参加する。また同公開講座の座長を務めた東京都健康長寿医療センターの村山繁雄博士のほかに、東京大学、東北メディカルメガバンク機構、大阪大学ほかから日本を代表する専門家が集結する。
世界的に見ると、倫理的、法的、文化的な制約もあり、亡くなられた後に献体された脳の試料を研究に利用する試みは限られる。「この日本人集団を対象とした脳アトラス構築プロジェクトは国際的にも強い関心を集めており、国際学会などで報告するととても注目されます」と村山博士は話した。同プロジェクトについては、10月2日発行の国際科学誌Nature(2024年10月2日号)の広告記事でも取り上げられた。
多くの協力者やドナー登録をした方々の善意と次世代に向けた希望に支えられて実現した壮大な研究プロジェクトが始まった。
2003年に開始したBBJでは 国内最大規模の疾患バイオバンクとして、多くの疾患リスク遺伝子の同定に貢献してきました。一方でBBJが保有する試料だけでは限界があり、病気のメカニズムの解明や創薬研究を進めるためには、多様な試料を収集し最新の手法をもちいた研究実施が求められておりました。本プロジェクトにより画期的な連携が実現したことで、脳神経疾患の研究が加速し、新しい治療法開発につながることを期待しています。
高齢者ブレインバンク
https://www2.tmig.or.jp/brainbk
東京都健康長寿医療センター
https://www.tmghig.jp
脳アトラスとは
脳の組織に関するデータを網羅的に整理し、脳組織の機能的な特性を視覚的かつ体系的に示すもの。脳の解剖学的な構造、神経回路、遺伝子発現、あるいは神経活動のパターンを視覚的またはデジタル形式で記録し、研究や教育、医療に役立てることを目的とする。